こうしてみると、債務整理の債権者というものは、法律上はっきりした「権利」を持ちながら、実に不安定な立場にいるものである。
それはなぜか。 債務整理の法律が不完全だからか、それとも社会の経済制度の欠点なのか。
広い意味でいえば、それは 債務整理の法律体制や経済制度の問題でもあろう。
しかし、もともと債権というもの自体が、はじめから不安定な性質を帯びているのであって、それを承知で技術的にこのような制度が置かれているのである。
ガラスは割れやすいが、便利だから使わずにいられないのと同じく、債権は不安定な権利だが、便利だから社会にそういう制度を置くのだ。
ガラスは割れやすい性質を知って使わなければならない。
それが分からないで、ガラスは割れやすいと怒るのでは、知能が猿なみということになる。
「債権」関係を発明することによって、人類は時間・空間を超越したといわれる。
いささかオーバーのようであるが、その意味はこうだ。
今日は食べ物がないが、明日は獲得できる者が、明日返す約束で肉の一切れを借りて食べる。これは明日の肉を今日食べるのと同じで、時間の制約を乗り越えたことになる。
